彦根銘菓「三十五万石」。
しっとりした皮種、ボリュームのある求肥餅、絶妙な甘さのつぶ餡、
ついつい一つ二つと手が伸びてしまいます。
伝統の味を守りつつ、新しい挑戦を続ける「菓心おおすが」の大菅社長にその思いを伺いました。
三十五万石を守る決意
歴史ある和菓子屋の店主の方とお話しすると、「小さい頃から和菓子を間近に見て育ってきたから、もう和菓子は生活の一部です。物心ついた頃には店を継ぐと決めていました」といった話を聞く事が多いので、今回も同じような展開を想像していました。
ところが、開口一番「実は私、婿養子なのです」と思わぬ展開。詳しく聞くと、30歳までは教育関係の仕事をなさっていて、結婚してお店に入り、義理の父からは「事務や経理関係をしてくれたらいいよ」と言われていたそうです。
お店に入って数か月経ったある日、お客さまから御礼のお手紙が届きました。「結婚して彦根を長く離れていましたが、お土産で三十五万石を頂いた時、『小さい頃から食べてきた最中の味だ!この口の中に引っ付く皮をお茶で少しずつ剥がしていくのも懐かしい』と思い、故郷を思い出して幸せな気分になりました」。
このお手紙を見て、「和菓子はその土地に根差した素晴らしいもので、ただのスイーツではなく、このような形で人を幸せにする力があるんだ」と感動し、「自分も和菓子を学びたい。そして三十五万石を守りたい」と決意したそうです。
和菓子の道に入る
その決意を伝えると、義父はとても喜んで相談に乗ってくださったそうです。
大菅さんが裏方の仕事もこなしつつ通いで和菓子作りを学んだ後、
色々な和菓子を学んでみたいという思いが湧いてきたため、それを伝えたところ、
義父は永源寺にある小さな和菓子店で修業できるよう、手配をしてくれたとのこと。
永源寺のような田舎では、四季の行事に合わせて様々な種類の和菓子を作ります。
また小さいお店なので、流れ作業の一部だけではなく、色々な事を経験させてもらったそうです。
和菓子作りと裏方の仕事のダブルワークは大変でしたが充実した時間を過ごすことができ、
何よりも、自分が職人としてモノづくりに関わる事ができる喜びを日々感じられていたそうです。
和菓子は、水・小豆・砂糖を主な材料とした非常にシンプルなお菓子です。
シンプルだからこそ、材料選びと一つ一つの工程が味を大きく左右するとのこと。
無事に修業を終え、自分の店舗で製造工程に入ったところ、
職人達が大菅さんを見る目も変わり、色々な議論もできるようになったそうです。
実際に職人となったことで、「シンプルでありながら飽きが来ない。そして二つ、三つと
手を伸ばしてもらえるような和菓子を作りたい」という思いがこみ上げてきたと、大菅さんは仰います。
新しい和菓子を作りたい
和菓子の需要は減少傾向にあります。
大菅さんは、お店を守る為にも、三十五万石の伝統を守る為にも、新しい挑戦が必要だと夫婦で話し合い、様々な試みを始められています。
その際も「『美味しいから作る』ではなく商品に込めた思いが大切」という点は忘れないようにしたそうです。
そんな試行錯誤の上、生まれたお菓子が「35(さんじゅうご)」です。井伊家彦根藩三十五万石に因んだ、菓心おおすがの看板商品「三十五万石」の最中を一枚使い、ほろっと崩れるやさしい食感の生地を詰めて焼きあげています。先代と比べるとまだ半人前という思いから最中の半分を使い、また先代の志を引き継ぎたいという思いから、「35(さんじゅうご)」と名付けました。最中のパリッとした皮と、クッキーのような食感の生地との相性は抜群です。
その他、お客様のリクエストに応えて作った、皮種と餡を別にした、パリッとした皮を楽しむことができる最中や、フルーツケーキとカステラの詰合せ等も人気です。
& Anne(アンド アン)
2013年、奥様が中心となり郷土菓子(洋菓子)と雑貨、書籍、展示を組み合せた素敵な空間
「& Anne」を「菓心おおすが」の隣に作りました。
店名は、ルーツを忘れないように「餡」とかけています。
この新しい取り組みから自由な発想が広がり、和菓子店でも新商品が生まれています。
上品な和紙で包装した小分けの和菓子を考えていたところ、
& Anneで扱う有機大豆やくるみが大菅さんの目に止まりました。
永源寺で学んだ甘納豆や和三盆糖を使ったお菓子に、& Anneで作るキャラメリゼしたお菓子の発想を加え、
「黒豆甘納豆」と「和三盆くるみ」が完成しました。
特に人気の高い和三盆くるみは、ローストしたくるみを砂糖と醤油でキャラメリゼして、
徳島県産の和三盆糖をまぶしています。
ほろ苦さと香ばしさの絶妙なバランスがくるみの素材の美味しさをひきたてています。
「いいもの探訪」では、菓心おおすがさんが創り出す様々なお菓子を掲載してまいりますので、
今後も是非ご期待ください。
※写真は全てイメージです。
代表銘菓「三十五万石」
彦根銘菓「三十五万石」。井伊家彦根藩の石高を名に冠した菓心おおすがの看板商品です。米俵をイメージした最中に、厳選した良質の小豆を風味豊かにじっくりと炊き上げたつぶ餡と、近江米のやわらかい求肥餅を、米俵の形をした最中で重ねています。しっとりとした舌触りとさらりとした甘さが魅力の逸品です。
お茶菓子としてはもちろん、冬の季節は三十五万石ぜんざいでお楽しみいただけます。三十五万石をひとつお椀に入れ、熱湯を静かに注いでよくかき混ぜてください。あっという間にこころ和むぜんざいのできあがりです。気心しれたお友達とのひとときや、お遣い物にもおすすめです。
- 滋賀県彦根市は徳川家譜代大名として有名な井伊家が築城した彦根城を中心とした城下町で、第二次世界大戦時に大規模な空襲を受けなかったことから、国宝である天守閣を中心に落ち着いた街並みが残っています。五街道整備や参勤交代の施策により、中山道の宿場町であった彦根は、人が集まるところとなり、京都や江戸の食文化の影響を受けた上質な和菓子が生まれる風土があったようです。
当店は、その彦根で昭和28年(1953年)に創業し60年余、素材の味を大切にし、彦根に因んだお菓子作りに取り組んでいます。米俵のかたちの最中に餅を入れた代表銘菓「三十五万石」。彦根藩主であった井伊家三十五万石の彦根城にちなんだそのネーミングで、地元彦根で愛されるロングセラーです。「材料はええもんつかわなあかん」というのが先代の口癖でした。厳選した材料を使うこと。これは私どものお菓子作りの原点です。時代の流れを静かに受けとめ、先代の思いを私たちもまた次世代へ伝えていきます。
(菓心おおすが 三代目当主 大菅良治)
井伊家彦根藩三十五万石にちなんだ菓心おおすがの看板商品。厳選した良質の小豆をじっくりと炊き上げたつぶ餡と、近江米のやわらかい求肥餅を、米俵の形をした最中で重ねています。