
清酒造りの基礎技術が生まれた地、奈良
奈良時代、平城京の中には造酒司(さけのつかさ)と言われる国立の醸造所が存在し、儀式で用いられる酒、宮廷で消費される酒など様々な酒造りを担いました。また、奈良時代以降に建立された大寺院、正暦寺、興福寺などでは、寺院の中にある鎮主社に供える酒を造っていましたが、室町時代になると、醪を絞った清酒を造り、火入れをすることにより、広く流通し、寺院醸造の最盛期を迎えることとなります。このように、室町時代における寺院醸造が、現代の日本酒醸造技術の礎になったと考えられます。

「水端」は、専用酒蔵 享保蔵で醸します。
水端は、油長酒造の初代、山本長兵衛秀元が精油業から新たに醸造業の事業を創業した際に享保年間(1700年代初頭)に建造した酒蔵「享保蔵」を専用酒蔵とし、醸しています。
この蔵は100年近くお酒造りに使用されていませんでしたが、2021年、2階部分をリノベーションし、甕仕込み専用の独立した酒蔵へ生まれ変わりました。
これにより、水端の酒造りすべての工程を享保蔵のみで完結します。風の森の醸造とは完全に切り離した独立した酒蔵で水端を醸します。
奈良に伝わる古の文献を参考に醸造を行う水端は、当時の酒造りから現代にいたるまでの日本酒の歴史に触れ、時の流れを感じ、五臓六腑に染み渡るような滋味深い味わいをお楽しみいただけます。

気候や気温に寄り添い、大甕で酒を創る
その年の気候の違いなどが強くお酒の味わいに結び付くのをお楽しみいただけるのが「水端」の魅力です。
温度制御ができない甕での醸造だからこそ、糖化と発酵のバランスや醪(もろみ)の変化をより繊細に感じ取ることができ、日々のわずかな環境の違いがそのまま酒質に表れるため、造り手は改めて発酵管理の奥深さを実感するそうです。
麹が作り出すほのかな甘みの他に、硬度の高い葛城山系の深層地下水からくるミネラル感や、お米に含まれる大地のエネルギーに由来する甘味や酸味だけでなく、苦みや渋みなどが上手く調和し複雑味を感じる味わいです。
興福寺多聞院日記で冬に造ったお酒を夏酒造りと称しているように、お米由来のしっかりした味わいがありつつ、奥行きのある香りが調和したお酒を、夏の暑い時期にもお楽しみください。

- 水端とは、”物事の最初。出はじめ。はじまり。”のこと。
日本清酒発祥の地 奈良 で享保4年(1719年)より酒造りを営む油長酒造。 私たちが次の100年を見つめ、これから担うべき酒造りは何なのか。常に自問自答を繰り返します。 油長酒造は「水端(みづはな)」 によって現代の日本酒醸造技術の源流を辿ることといたしました。
「古の奈良に伝わる忘れ去られた技法を、当時の文献を頼りに、現代の醸造家が再現する」
このブランドメッセージをとおして、「水端」ではお客様が日本酒の歴史の奥深さに触れると共に、 五臓六腑にしみ渡るような、奥行きのある味わいを楽しめる日本酒を目指します。
私たちは古典技法に触れ、それを再現することで日本酒のさらなる技法や魅力を発掘し、 これを後世に伝える役割を担いたい。 そして未だ見ぬこれからの日本酒の進化のかたちを模索します。
(一三代 蔵主 山本長兵衛)












「多聞院日記」の1568年の記述にある、興福寺多聞院の技法を参考にした冬季醸造3段仕込みの酒。寒い冬に自然界の微生物を巧みに酒造りに活かす室町時代に確立された技法で醸された日本酒をお楽しみください。