名物堂上蜂屋柿の濃密な甘味 竹容器に入った見た目にも美しい柿羊羹
大垣と柿の縁は深く、柿羊羹の原料である堂上蜂屋柿は、遠く平安時代の昔より、その極上の甘さから「干柿一個に米一升」と言うように破格の扱いで年貢の代わりに納められていました。 他にも、豊臣秀吉が大垣地方の干し柿を取り寄せて茶会を開いたとか、関が原の合戦を前に進軍してきた徳川家康を地元の農民が迎え、大きな柿を献上したところ、家康はが冒頭の「われ戦わずして大柿(大垣)を得たり」との言葉で全軍を鼓舞した、といった話が伝わっています。
柿羊羹は、宝暦5年(1755年)に大垣の城下町で創業した和菓子の老舗「槌谷(つちや)」の逸品で、四代目右助が堂上蜂屋柿の濃密な甘味に注目して天保9年(1838年)に創製しました。
この「柿羊羹 竹容器入り」は、明治になって槌谷の五代目祐斎の頃から使われ始めたと言われる竹容器に入り、見た目にも美しく、手土産でいただいたら家族の会話が弾むこと請け合いです。
柿の甘さを存分に引き出すこだわりの製法
柿羊羹の製造は毎年11月頃、契約農家の手で大切に育てられ、きれいに色づいた柿を収穫し、皮をひとつひとつ剥いで天日干しすることからはじまります。10日ほどしてこの柿を刷毛で磨くと、干柿特有の甘さの成分、果糖の白い粉が表面に出てきます。こうして出来た干柿の種を抜き、擂り潰してジャム状にしたものを原料にして、甘さ控えめながら堂上蜂屋柿の香りを強烈に感じられる味わいに仕上がった柿羊羹を竹の器(孟宗竹)に流し込んでおります。
可愛らしい竹容器に入った柿羊羹、たっぷり召し上がれるサイズでお届けしますので、親戚などが大勢で集まる機会などにお持ちいただいてはいかがでしょうか。
- 1755年創業の和菓子店「槌谷」は、岐阜県大垣市、大垣城のすぐそばに本店を構えております。かつては見本箱に菓子を入れてお客様を訪問し、ご注文を伺ってお菓子を届ける「御用聞き」により営業しておりました。お客様のもとへ歩き回り、ひとりひとりのお客様のために菓子を作る、という御用聞き時代からの精神を大事にしながら、商品をご提供しております。
ぜひ弊社の代表商品である柿羊羹をはじめ、柿にちなんだお菓子をお楽しみください。
(株式会社槌谷 代表取締役社長 槌谷祐哉)
大垣名物の老舗。干し柿をジャム状にして竹筒に入れたもので、柿の香りが強く感じられる羊羹です。